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子沢山かあちゃんの牛歩

子育てや庭いじり。日々徒然。

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家庭訪問〜ガーデニング

家庭訪問週間に入り、小学校も中学校も下校が早い。昨日は長女、次男、次女の家庭訪問だった。最近の家庭訪問は玄関先で手短かに終わらせる事が多い。次女の家庭訪問は、玄関先ですぐにすんだ。学校生活の様子は、特に問題なし。明るくて元気一杯とのこと。次男の先生は応接間に通した。長女と次女が部屋を出たり入ったりするし騒がしくて困った。来客が滅多にない家だから子供達も私も慣れてない。次男はきちんとしていると褒められた。特に問題なし。最後は長女の家庭訪問。心配な面があるから、一番長くなった。夫も同席してくれた。先生もその日の最後の訪問だったようで、疲れがにじみ出ていた。話が長引き申し訳なかった。朝から授業して、昼からは各家庭を訪問し、先生方も大変だとは思う。女性の先生は子供さんがいたりして、仕事に加えて家事育児もこなされているからすごいなあとは思う。一方の私は、専業主婦でありながら夫に子育てにかなり参画してもらっている。子育ては、子供だけに向き合えばいいだけでなく、学校や他の保護者や子供が関わる大人達とも関わっていかないといけない。子供が何もかも順調にいってれば何の心配もいらないのだけど、何か問題を抱えた時の対応が手探りとなるので、私にはかなりストレスになる。仕事を続けていれば、それなりの社会性も身についていくのだろうけれど、ニート生活が長いから、家族以外の人と関わるだけでストレスになるしおっくうになる。他の保護者と関わる時、キャリアウーマンと専業主婦では、気になる点がかなり違ってくるなあとは思う。引きこもりがちとはいえ、仕事で忙しいキャリアウーマンに比べると、他のお母さんと話す機会も多い。立ち話なんかで仕入れた情報ばかりを頼りにして、自分のあり方を調整していくから、どうしても人の噂話(感情的な内容が多い)に左右されてしまう。そうなると行動する時の価値基準が「周りに〜と思われそうだから、〜しておこう。」に傾きがちになるのだ。これが自立したキャリアウーマンだと、「私は〜思うから、〜しよう。」と考え行動するだろう。そして仕事で忙しいから、子育てでくよくよ考える暇もないだろうし、子供も自立心旺盛に育つのかもしれない。

 

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気にしすぎるのもよくないが、気にしなさすぎるのもよくない。

その人を知るということは、一年やそこら付き合った位では分からない。その人が自分に対してだけでなく、他の人にどんな関わりをしているか、そしてしてきているのかという多くの情報があってはじめて、その人の人となりが見えてくる。

 

私は対人関係能力が低く、人と付き合う機会から敢えて逃げてきているために、人を見る目が他人に比べて劣っている。この人は対人関係能力が高いなあと見極めるポイントは、何十年も交流を重ねてきているような人が複数いるかどうかだ。一言で言うと外交的なのだけど、八方美人という訳でもなく、その人も長く付き合える人を吟味しているような気がする。まあ結局、類は友を呼ぶじゃないけれど、外交的な人の周りには外交的な人が集まる。

 

私が独り身だったらマイペースに生きていけるのだろうけれど、子供が周りの家庭の子供たちと関わりはじめるようになり、全く人と付き合おうとしないのもまずいのではないかと思い始めた。不得手なことは無理する必要もないが、必要最低限には行動しないといけないとは思う。

 

子供同士の間でトラブルはつきものだ。以前子供が通ってた学校で、我が子は関係ないのだけど、よその子が別の子とトラブルになり、親が相手方の家に文句を言いにいった話や、先生の指導に問題があると訴えて、学級懇談の場で先生を吊るし上げたりするような話を耳にしているから、PTAで行動する時には気をつけないといけないという意識は強くある。

 

子供に何か問題が起きた時の対応は、親の価値観が反映される。だからマニュアルもないし、臨機応変に対応する力を求められる。ここでうまく動ける人間は対人関係能力が高く、コミュニケーション能力が高い人だ。同じ問題が我が子に起きたとしても、教育委員会やマスコミに駆け込む親もいれば、子供の同級生の親御さんや先生とうまくコミュニケーションとり、事なきを得る親もいる。その問題も一括りには出来ないから、同じカテゴリーで見てしまうのは語弊があるとは思う。ただPTAでは出来るだけ問題は起こしたくないという気持ちは常にある。

 

若ママの時は、PTAの知識も0だったから、一杯ヘマをしたという自覚はある。10年以上、色々なPTAを見てきたぶん、心構えは少しは出来てきたけれど、何分対人関係能力が低いためにスタート地点が人より遅れている自覚もある。

 

PTA批判はツィッターなんかでもよくトレンドにあがっているけれど、子供同士のトラブルを大事件に発展させないために、親同士が顔合わせする場所だとは思う。普段から顔合わせしていれば、相手方に文句をつけるために初対面なんて事態にはならない。初めて会った時に相手に怒鳴られたら、それ以上相手と付き合う気にもなれないだろう。普段からお付き合いがあれば、ちょっとのトラブルにも目をつぶれるようにもなるし、波風立てないように言動に気をつけるようにもなる。

 

仕事をしている母親にとっては、PTAは煩わしいと感じるかもしれないが、ここでポイントを押さえてないと、仕事中も悩みのタネになる位に、子供の問題が背中にのしかかってくる羽目になる。それはPTAの仕事をするしないという以前の問題で、学校や父兄とコミュニケーションとれてるか否かという意味でも言っている。

 

仕事が忙しいとPTAにもどっぷりつかれないとは思うけれど、「気にしすぎるのもよくないが、気にしなさすぎるのもよくない?」我が子が問題を起こさない優等生タイプの子供ならば心配もいらないとは思うんだけれど、親のPTAとの付き合い方も我が子のタイプで変わってくるとは思う。

普段から地域でコミュニケーションとってないと困る話。

子供の行動範囲が広がり、外で何をしているか把握出来なくなってきている。誰かの家にお邪魔しても、相手方の親御さんの事を知らないしお会いする機会もなかったりする。子供には「親同士が知り合いじゃないお宅にはお邪魔するな。」と言い聞かせしても、その場の流れでお邪魔せざるを得なくなることもあるだろう。

 

他のお宅の家で何か事故やトラブルがあった時の事を危惧すると、子供には知らないお宅にはあがるなと強く言い聞かせたくなるが、そうやって制止しすぎると、子供も友達との遊び方を分からなく育ちそうだし、あまり強く言いすぎると、子供も親に嘘をつきはじめる。

 

仕事をもつ親御さん方が、子を学童に入れたがる理由もわかる気がするし、都会の私立小中学校なんかではあまりこうした問題は起きないだろう。

 

田舎に住んでいるとコミュニティも狭いから、我が子が外にいると、誰かの親が見かける機会も増える。先日、私の住むエリアよりももっと田舎にいるママ友に聞いた。中学も二クラスしかないから、同級生親子全員知り合いらしく、「近所で〇〇君見かけたよ。」とよく言われるらしい。「そんなあ悪い事出来んなー。」と返したことだったが、親がいくら厳しく言い聞かせしても、我が子が道外れてヤンキーになる可能性もある。外で子が悪さしたとしても、「手がかかる子ほど可愛い。」と我が子のことを他人様に思ってもらえるためには、日頃から地域でコミュニケーションをとってないといけないなあと思いはじめた。

 

人の噂を聞くのがうっとおしいと逃げてきたけれど、子のために多少は、子が関係する地域の人の事を知る必要があるとは思った。それは誰かを追い詰める目的なのではなく、他の子も含めて我が子の安全を守るためでもある。

ネット好きなかあちゃん

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ツィッターのはてなさんのアカウントが紹介して下さっていたり、ブロガーさん方が文中に引用されているブログアカウントを気になると読者登録させて頂いていました。果たして何人の方を読者登録しているのかも分からなくなってきています。読者登録の数も増えると、TLの流れも早くなり、はじめは読ませて頂いていたブログも追えなくなりました。

 

かなりの数のブログを読者登録させて頂いたとはいえ、はてなブロガー人口の数に比べると一握りだとは思います。そして人気のあるブログメディアははてなだけではなくいくつかあります。やはり芸能人がブログやSNSのアカウントを開設すると、一気に何百万フォロワーを獲得できますね。

 

ブログの力でのし上がった〇〇ちゅ〇さんや、〇〇ダ〇〇〇さんなどプロブロガーさんがおられます。後につづきたいと沢山の一般人が彼女や彼らの真似をされていますが、ネット界隈で勝負しようとしても、免許も資格も年齢制限もいらなく、誰もが挑戦できる舞台であり厳しい界隈であります。積極活動されていたアカウントの動きも鈍くなってきます。

 

そしてリアルが忙しいはずの芸能人たちがこぞってSNSやブログに参入してきました。ネットで活動する事がリアルの仕事にメリットになる事が分かったのでしょう。1日に何度も投稿されている芸能人も沢山おられます。そうなると知名度の高い芸能人のアカウントにPVも流れていきます。ネットはいつどこでもアクセスできます。でも一日中ネットを見る訳にもいかず、視聴者もチェックするネット画面を絞るようになる。そうなると好きな芸能人アカウントは優先順位の上位にあがってきます。そして今まで見てきたプロブロガーさんのアカウントを訪問する時間が避けなくなるのです。

 

ツィッターのリツイートやいいねの数なんかみると、芸能人の人気の高さは歴然です。後、政治的思想を明示していたり社会問題に触れるアカウントは嫌な方も多いようですね。優しいつながりを求めている方々が一部、写真垢に流れてきているように思います。私も最近、ツィッターのTLに流れてくる毒舌ツイートに疲れてきて、自分のツィッターTLを無意識に写真で埋めるようになりました。

 

まああくまでもネット壺は劇場ですね。気の知れたママ友とはTPOなんて気にせずに、言いたいことをワーワー言いますが、職場や子供の授業参観の場で喚き散らす訳にはいきません。リアルでは公と私の顔がある。例えば先生と呼ばれるようなお堅い職種につかれているような方は、プライベートも品行方正に振る舞おうとするようになる。私の父親は教師でしたが、外から見ても中から見ても立派な父親と見られるように体裁を気にする父でした。

 

何年か前はお堅い仕事についてるアカウントの粗を探して、炎上させアカウントを停止さようとする陰湿アカウントが多かったですが、最近はどうなのでしょう?お堅い仕事についていても実名顔出しアカウントを作り、ネットで活動しようとする方々も一定数いらっしゃるから、ネト界隈も平和な世界になってきているのでしょうか?

 

まあ芸能人ならまだしも、子供はまだSNSやブログ界隈に入らない方がよさそうですね。PTAの懇談の度に、スマホ問題に関するパンフレットが配布され、懇談会でも話し合われます。私は自分がスマホ中毒になり、挙げ句の果てにはネット界隈で活動をずっと続けようという気持ちを強くもつようになってしまったために(というかニート生活が長いために社会復帰が難しい)、子供にスマホを持たせるのが怖かったりして、今は持たせていません。ネット界隈がリアルと直結するようになれば、ネットをネガティヴに捉えなくなるのでしょう。でも現状の日本のネットは、匿名利用者の方がはるかに多く、私も実名で活動することに抵抗があります。このアカウントの管理者が誰であるか、薄々気づかれていたとしても、実名で活動することよりもリスクは低いとは思います。実名顔出しアカウントで活動される方は、ネットを活用し本気に稼ごうという意識がある方で、匿名アカウントに比べたらネットメディアも格上げ扱いします。リスクもあるけれど利益も得られる、ある意味勝負に出ている訳なのです。匿名利用の私でも、ネットで一定の収益があげられるようになれば、私はネットで在宅ワークをしていると外向きには言えるようになるのかなと思うけれど、正直実名を出さないと収益はあげられないとは思います。そしてネットで稼げるだけの実力も皆無…^^;実際に長年ネット活動をされていて実績をあげているのに書籍化もされないし、メディアにも取り上げられない方もいて、ああこの方は実名を明かさないからもう一歩上に上がれないんだなという方も結構います。でも実名をあかせない理由があって、リアルの生活に影響しない程度にその方もブログ運用されているのかなとは思います。まあ稼ぎたいというよりかは、好きな事を続けていきたいという気持ちが強いのでしょう。私も好きでネット活動している訳で、少しでも収益得られたらいいかなという思いでグーグルアドセンスを始めました。まあ1日に1円稼げればいい位ですよね。「塵も積もれば山となる」ではありませんが、ネット界隈にベタベタと塵を貼り付けて今後も生きていきたいと思います。ただ私がもし死んだ時には、家族にとってはこのブログに残した記録が思い出になるのかなとも思います。死ぬ前には、お名前ドットコムとはてなプロの登録料の支払いの仕方を残された家族に教えておかないといけません。ただ私が骨を埋めたい位にネット好きでも、子供には負の遺産になりそうですが…。

 

 

 

メモ

夫と長男次男は今日、JR利用して県外へ行ってる。目的はサッカーの試合観戦。日差しは強いのに、半袖ではまだ寒い、そんな休日だった。我が家のオトコ衆、旦那様の求心力でウゴイテル。

 

女子3人はインドアなう。義母が孫を見にトーキョーへ行ってるから、昨日は義父連れてスシローに行った。今日はおかずを作って義父に持って行った。スーパーで種々の出汁パックが見切り品ボックスに入れてあり、3種類ゲットした。それらの出汁パックを使って、副食イロイロ作ってみた。顆粒だしに比べると出汁パックは美味だね。

 

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アスファルトから生えているヤグルマソウ。たくましすぎます。

 

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我が家のいちごの花。 きちんとお世話してないから、いちごはできないかなぁ。

 

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肌寒い日って、空も透き通って見える?紅葉綺麗。

 

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父から入学祝いに名前入り鉛筆が届いた。

 

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👦「なんで地球儀が下にあるん?」

 

🙍「〇〇(長女)に経度と緯度教えるのに持ってきたんよ。」

 

子供の宿題。ネット検索大活用なり。20〜30年以上前に習ったことは私も覚えてない。

 

 

 

日々徒然

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次女の下校時、中継地点までお迎えに行っている。周囲田畑に囲まれた墓場が中継地点である。次女も通学路は覚えて、そろそろお迎えに行かなくても大丈夫かなというところ。金曜日、長女の参観と次女のお迎えの時間が重なった。次女には1人で帰るように言い聞かせて、家の鍵を渡して、お母さんが帰るまで留守番するように言い聞かせした。

 

1人で留守番する事が不安げな次女。上の子たちは、もっと早く1人で留守番できるようになったような気がする。下校時の付き添いも、上の子たちの時はしたことがない。1、2回登下校の練習には付き合ったような気がするが、当時いた場所の通学路が分かりやすかったのか、迷わずにすぐに覚えたのだ。

 

長女の参観も、総会には出席せずに早々に抜けて、自宅へ戻った。自転車をこいで家のある分譲地に入ると、ご近所さんから「〇〇さん、〇〇さん。」と声をかけられた。なんと次女がランドセルを背負ったままご近所のお宅へお邪魔していたようだ。どうやら次女は、ご近所さんのインターホンを鳴らして「お母さんが家にいない。」と訴えてきたらしい。ご近所さんの息子さん(幼稚園児)と一緒に遊ばせて頂き、ジュースまでご馳走になっていたようだ。

 

ご近所さんにはお礼をして、次女を連れて自宅へ戻った。次女に聞くと、家に帰ったけれど、お母さんがいなかったから怖かったのだと言う。「お父さんには言わんどってよ。」と次女。1人で家に帰れても、鍵っ子にはまだなれないようだ。しばらくは私も、下校時間には家にいるようにしないといけない。

 

それから次女を公文へ連れて行き、長女の中学校へと向かった。クラス懇談の出欠届けは欠席で提出したのだけど、長女に関しては気掛かりな面があるから、クラス懇談には出席することにした。10人近くの保護者が出席していて、自己紹介をし情報交換できて良かった。

 

土曜日、自宅から車で40分離れたグラウンドで次男の試合があった。いつも試合帯同してくれる夫は泊まりで出張。次男、次女、私は6時過ぎに起きて、7時前に家を出る。長男は学校。長女は塾。2人に後は任せて家を後にした。今私が住む地域も田舎だけれど、試合をするグラウンドがある場所は山の中。道中、母親に付き添われて登校する一年生を見かけた。この地域の小学校は土曜日の今日、参観日なのだろう。今日子供に付き添っていた母親達は、今日だけではなく、入学時からずっと子供の登校に付き添いしているのだろう。我が家は小5の次男が次女の登校に付き添ってくれるから、登校時の付き添いがいらないだけまだましなのかもしれない。

 

今日の試合帯同。我が家と同じように兄や弟の試合についてきていた子供達にまざり、次女も楽しそうに遊んでいたから、私も楽できた。下の子って、兄弟や兄弟の友達からも目をかけてもらえるから、お得な立場だな〜って思う。私も末っ子。おそらく長子に比べると、恵まれた立場にいたのかもしれないけれど、当の本人は産まれた時から周りに人が沢山いたから、その特権を特権と意識できずにいままできているかもしれない。

 

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庭の植物にてんとう虫🐞を見つけた。「外の水道にアブラムシが大発生してるよ。」と庭の水遣りしていた長女が教えてくれた。夜間、窓の付近に虫達は集まってくる。家の周囲は田畑が広がっているために、虫達は明かりのある住宅地に集まってくる。我が家についている窓は、外開きタイプが多い。なので窓を閉める時に、ロールタイプの網戸を閉じてから窓を閉めないといけない。窓を閉める前に、網戸も全開状態になるために、網戸付近にはりついていた虫達が室内に侵入してくる。

 

花が開花したり、植物達が生き生きとしてきたり、春になると田畑の風景も様変わりする。それに伴い虫も増えたり、暑くなってきたりと、春になるということはいいことだけではなかったりもする。田舎に住んでいると、全てをひっくるめて季節の変化を五感を通して感じることができる。

 

ブログにそうした季節の情景と、子育ての記録を織り交ぜて書き込みすることで、子育てのバックグラウンドを描写できる気がする。見てくれるかさえも分からないけれど、子供達が大人になって、私のこのブログを見てくれたらと期待はする。このブログはタイムカプセルの意味合いももつ。

 

 

 

日々徒然

ママ友から久しぶりにTELあり。1時間は喋りあい、2年ぶりに長話した。子供さんが県外の難関中学に通われていて、寮生活していたのだけど、この春からママも移住したそうだ。そのママの周りでは、子供の進学に伴い、マンションや家を買い、ママも移住する家庭が多いのだとか…。まさに孟母三遷。裕福故にかなうことだとは思う。

 

ママ友としょっ中ランチ会開いたりするのは気が乗らないけれど、たまーに電話で近況報告しあうのは、なんだかいいね。共通の知り合いの親子の様子なんかも教えてくれて、その後の消息も知れて、かっぽり空いた2年間の空白が埋め合わせされた気がする。

 

大人は中年期に入ると、2年過ぎたとしても、さほど身の回りに変化はない。久しぶりに再会した友達に話す内容は、お互い老けた話や、自身の病気や、家族の病気や介護の話になってくるだろう。でも子供の場合、成長に伴いイベントが沢山あるから、話題もつきない。子供をもつ親同士は、子供の話題で話は延々と出来てしまう。以前いた場所ではママ友ランチに頻回に参加し、他の家庭の噂が沢山耳に入ってきていたから、私も子の同級生親子の情報に多少は詳しかった。昨日は久しぶりにママ友から色々と話を聞いて、共通の知り合いのbeforeを知ってる分、afterの姿を知れて、なんだか興味深かった。

 

永住地に住み着いた今の私は、知り合うママたちとべったり付き合う事をしなくなったから、噂話の類も耳には入らなくなった。我が家に遊びにくる、子の同級生の名前と顔は一致するけれど、一年過ぎたとしても、子の所属したクラスの同級生皆の顔と名前は覚えない。

 

今でも、助け合いできそうな、極々少数のママとはお付き合いする。学校や習い事、役員の仕事内容など、知りたい情報を交換する程度のお付き合い。あまり踏み込んだ話題にはあえて触れないようになった。

 

 

 

 

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