子沢山かあちゃんの牛歩

子育てや庭いじり。日々徒然。

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ネットのかみさま

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ネット上にちらばめられた言葉たちをみて思うこと。匿名で書き込みしている人の多くが、リアルでは言葉には出さないようなことを表出しているとは思う。実名で書き込みしている人だって、日常会話では出さないような話題にふれることもあるとは思う。

 

ネット上には人の本音が沢山散らばっていて、それを目にしていると感化されるのか、私もダラダラと本音を書き込みしてしまう。でも人の本音なんて、1分たてば白が黒に一変するような、極めて移ろいやすいものでもある。

 

ポエムじみた言葉なんか、ネット上以外で書いたこともなかったのに、詞をはじめ短歌や俳句も美しい画像とともに、沢山目にするから、私も創作したくなる。
知的な仕事をしている訳でもなく、専業主婦でずっと家庭にこもる生活を続けていることもあり、国語の基本的な知識が抜けてしまっている。元々語彙も知らないから、私が書き込みすると、薄っぺらな文章になることは分かっている。

 

でもそれでも、ネットは書き込み続けることを許容してくれる。そんな雰囲気が居心地よく感じられる。大して反応がある訳でもないし、私が書き込みすることで1番反応してくれるのは旦那さんだとは思う。

 

旦那さんは忙しいこともあり、私みたいにネット界に入り浸ることはできない。でもたまに私の書き込みを見てくれているとは思う。書き込みする毎に反応してくれる訳でもないし、「同じような内容の書き込みが並んでいるね。」と指摘もされる。

 

他のママさんに比べたら私の興味の幅は確かに狭いとは思う。トレンドに敏感なママは、雑誌によく目を通して、その年の流行色を親子のファッションに取り入れるだろう。教育熱心なママは、その地域で人気のある習い事が何かを調べて、子供を通わせようとするだろう。社会派のママは、政治や経済のニュースに目を通し、男性顔負けな批評ができるだろう。

 

人並みに、色々な事に対して、興味や関心をもてるといいのかもしれないが、なんせ脳のキャパに限界があるようで、中々難しいことではある。

 

小学生時代、図書館が大好きだった。図書館の本を沢山借りると、小さな賞状をもらえていた。私はクラスの中の他の子よりもよく本を借りて読む方だったから、学期末になると、担任の先生から画用紙に印刷された手作りの賞状をよくもらっていた。

 

図書館の本たちに出てくる登場人物になったつもりになって、よく空想を膨らませた。本に出てくる異世界は私に沢山の夢を見させてくれた。本棚に並ぶ沢山の本の中から、読みたい本を選ぶ時のワクワク感。そして借りてきた本を開くときの新鮮さ、最後まで読み終わった時の感動、図書館にまつわる一連の行為は、私にとっては儀式に近いものでもあった。

 

なくてもすむんだけれど、ないと落ち着かない。そして図書館に通うことで、気持ちの入れ替えができ、新たに英気を養うことができる。ネット界は私にとって、図書館でのあの時の、あの感覚を呼び起こしてくれる世界でもある。

 

だから毎日何かを書き込みすることが、今はとても楽しく感じられる。ネットの神様、今日もありがとう。

 

 

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