子沢山かあちゃんの牛歩

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クリックで救える命がある。

官舎に住んでいた時の記憶

私の父は公務員の教師だったから、赤ちゃん〜小学生の時は官舎に住んでいた。 私が中学にあがる時に、官舎から歩いて3分以内の場所に土地を買い家を建てた。

 

官舎は赤いレンガの瓦が印象的な、平屋建て。6畳〜8畳位の和室が3部屋と和式トイレとお風呂と3畳程の台所。トイレは簡易洋式に途中変わった。庭は広くて、私がまだ幼い頃に父の父の住まいとしてプレハブを建てた。私にとっては祖父にあたる人の記憶は写真の中でしかない。祖父がプレハブにいた時期も、おそらく亡くなる前の短い間。

 

家の周囲には、同じような赤い瓦屋根の平屋が、規則的に並んでいて、フェンス隔てた寮には、父が通う学校の生徒さんたちが寄宿していた。ご近所さんも父と同じ教師か、裁判所の職員の方がいた。

 

官舎群の入り口から、奥の方へ進むと緩やかな下り坂になっていて、1番奥は芝生の広場で、子供たちの遊び場だった。空き家もいくつかあって、空き家の庭は、子供たちの隠れ家として利用されていた。

 

その広場の近くにあった官舎は、庭の一部が傾斜地であったからか、庭の敷地が他よりも広かった。大木も何本かあって、それを利用して長いブランコが作られていた。

 

我が家の塀を乗り越えたら、その長いブランコのあるお宅へ遊びに行ける、つまりそこはお隣さんだった。そのお宅の娘さんと、私の姉は同級生で、中学も高校も同じだった。高校を卒業してから、音信不通であったのに、姉はフェイスブックで再会したようだった。

 

先ほどツィッターで

https://twitter.com/dw335224/status/785737405475069952

☝︎のつぶやきをして、うろおぼえの過去を記録してみようかと考えて、文章化してみた。

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