子沢山かあちゃんの牛歩

子育てや庭いじり。日々徒然。

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ネッ中症

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ツィッターのTLを眺め続けると、頭が疲れてボーッとしてくる。脱スマホ環境にある時、つまり外出時には、地に足がついていなくフワフワした感覚におそわれる。

 

テレビよりも先に個人が見聞きした事件や事故の動画や画像を発信し拡散できるツィッターは、とても便利だとは思う。私は自宅にいることが多いから、世の中の流れを瞬時に知ることのできるツィッター界隈は、とても楽しく感じる。また、実際には行ってない国や地域の、まさにリアルタイムの出来事や風景を見ることが出来るのも味わい深い。

 

年齢や性別、境遇の異なる人々が、どんな日常を送り、何を思っているのか?つぶやきは人によりその深刻さの程度が違う。家族に言われた小言がうざいと書き込む人もいるし、職場の上司のパワハラが辛いと書き込みする人もいる。リアルであったことを日記のように書き記す人もいれば、その書き込みがネット上で受けた攻撃に対する反撃になる場合もある。

 

ただしツィッターでの炎上が引き金となり風評被害で店を畳まざるを得なくなる現象も度々おきている。炎上に加担する人々も、一部野次馬がいる。でもほとんどの人が、人助けしているつもりで、情報を拡散することに手を貸している人が多い。

 

お隣の国ではSNSの力で、大統領選の明暗を分けた位だから、日本も対岸の火事ではないとは思う。ただ日本人は本音と建て前を使い分ける人が多く、人前で本音を曝け出すことをよしとしない考えをもつ人が多い。自己主張してなんぼの米国で育った帰国子女が日本に帰ってきていじめられるケースはよく見受けられる。日本のコミュニティでは、数々の暗黙のルールが成り立つ。口に出してはいけない言葉もあるし、もし集団の中で自分の意見を通したいならば、根回しして自分の主張を周囲に浸透させる努力をしないといけない。つまり周りを固めるやり方だけど、味方を作らずして自己主張ばかりする人は集団の中で浮いてしまう。

 

ツィッタランドを見ていて思うのは、実社会で味方を作れずにいじめにあった人が、ツィッターでパワハラ被害を訴えて、それが炎上の火種となるケースも多いように思う。私はどちらかというと、実社会でとりまき作れるタイプでもないし、誰かの腰巾着にもなれない。だからツィッターに心の叫びを書き込みたい気持ちも分かる。実際、孤独を癒すためにツィッターを利用している現状もあるし、憂さ晴らしもしている。

 

まとまりのない文章になったけれど、ネッ中症な頭で感じたことを、ありのままに文章にしてみた。

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