子沢山かあちゃんの牛歩

子育てや庭いじり。日々徒然。

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時間の流れと音楽

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「今は〜、えっとぉ4時25、35、45分だから〜、4時47分だあ。」いつの間にか時計を読めるようになった次女は得意げに時間を教えてくれる。

「公文の宿題せずに持って行ってもいーい?」

「ダメだよ🙅」

「お母さん、優しく怒ってよ〜。〇〇ちゃん(自分の名前)がお母さんになったら優しく怒るお母さんになるよ。誰よりも優しいお母さんになるんだ〜。」

こんな歳から母親になった自分の姿を想像するんだね〜。

 

運転中、横から差し込む強い日差しを感じて、つい顔の右側を手で覆ってしまう。防寒着を羽織ると、時には汗ばむ季節になってきた。確実に春は近づいている。2月は逃げる。3月は去る。気がつけば2月も残りわずか。この調子だと2017年もあっという間に過ぎていきそうだ。子育てのつまづきや、対人関係のトラブル、身近な人が病気になったりすると、状況が好転するまでの日数を指折り数えるようになり、時間のすぎるのが果てしなく長く感じられるようになるので、それを思うと今はまだましなのかもしれない。若ママの頃に比べると、多少のことでは動じなくなった。

 

ツィッターで昨日テレビ出演していたオザケンを見た。羨ましい位に老化を感じさせない。メディア露出をしなかった時間が長かったから、当人は浦島太郎状態だろうけれど、年齢を重ねる毎にたまっていくはずの澱が透視したとしても見つける事が出来ない位にあどけない。永遠の王子様キャラは健在だ。実情はどうかは分からないが、オザケンとスピッツのボーカルの雰囲気は似通っていて、その容姿と、軽いノリの曲調は、見ていて気分も晴れやかになる。

 

高校生の時、オザケンの事を知った。初めて買ったCDがLIFEだ。それからも槇原敬之やエンヤのCDは買ったけれども、新品で買ったのは計5枚位。貧乏性な性格なもので、CDを買うとしても中古で手に入れる事が多い。夫は大学時代に管弦のサークルに入ってチェロを弾いていた関係で、クラシックのCDをごっそり持参していた。ただ今となっては、引っ越しする度に持ってきたCDたちを聞く機会も少なくなった。最近は音楽を聞くときは、コンポとiPhoneをケーブルでつなぎ、YouTubeを聞いている。

 

私は幼稚園生の頃から高校に上がるまでピアノを習っていた。進学塾に行かせてもらえる程、実家は裕福ではなく、ピアノだけはやらせてもらえた。ピアノをやっていたとはいっても、コンクールに出たりはしなかったし、根詰めて練習に励まなかった。私はピアノ、夫はチェロを少しはやったことはあっても、芸術家の方が醸し出すようなハイソな雰囲気は皆無だ。2人で演奏するようなこともないけれど、言うなればブレーメンの音楽隊?

 

長男を出産した時に、姑がお祝いにピアノを買ってくれた。宝のもちぐされにならないようにと、上三人はピアノを習わせたのだけど長続きしなかった。練習するように仕向けなかった私も悪いのだけれど…。最近末っ子がピアノを習いたいと言い始めた。そこで近所のピアノ教室を探した。昔は電話帳でピアノの先生を探せたのに、最近はネット検索をし、仲介業者を介さないといけない。仲介業者さんにメールで問い合わせをして、該当の先生の連絡先を教えて頂き、電話でアポを取った。今度面談をすることになった。

 

小さな頃、ドラマ「大草原の小さな家」のお父さんが家でバイオリンを弾いて子供達を喜ばせる様子や、映画「サウンドオブミュージック」で家族みんなが合唱する様子を見て、音楽一家に憧れた。音楽よりもスポーツに力を入れるファミリーになりかけてはいるけれども、末っ子だけはピアノを弾ける子になってくれたらとは思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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