子沢山かあちゃんの牛歩

Freies Material☆Japanese landscape☆public domain

クリックで救える命がある。

びわのおもひで

義実家の畑にはびわの木があり、畑で果物が実ると、大半は我が家にまわってくる。おかげでこの時期になると、沢山のびわにありつける。冬には文旦、春にはさくらんぼ、初夏にはびわ、お裾分けは途切れることもないから、年中果物の収穫を楽しめるようにと、義親は流れを考えて果物を栽培しているのだという事が分かる。

 

もちろん果物だけではなく、お花やお野菜も栽培している。私は最近ガーデニングに目覚めて、年中花を楽しめるような庭にしたい気持ちになってきた。全く知識がない状況で花の栽培をはじめたものだから、人様に披露できるレベルには程遠い。花の名前も育て方も分からずに、苗を買い足して植えているものだから、もっさりと茂った芍薬の葉の下にユリが埋もれてしまったり、繁殖力の強いハーブやグラウンドカバーとなる植物を、狭い花壇に植え付けて、結局引き抜かなくてはいけない状況になったりもする。

 

剪定や施肥や害虫対策、種の育成等々、一言に植物の栽培といっても、その植物に応じてお世話の仕方も変わってくる。元来大雑把な性格だもので、きちんと調べないままにお手頃な苗があれば購入し植え付けしているから、せっかく植えた苗を枯らしてしまったりという事もなきにしもあらず…。

 

また庭造りは全体の外観を考えて、植物を並べて見た時にバランスの不均衡が起きないような植え付けをしていかなくてはならない。それが出来るようになるのはガーデニング上級者になってからだとは思う。その植物がその環境だと一年でどれだけ生長するのかとか、乾燥or湿気のどちらを好むのかとか、世間一般には和or洋どちらの雰囲気と見なされているのかとか、知識と経験に裏付けされた植物博士並みの脳力が求められる。

 

造りあげていくその庭には、その人の性格が反映される。数年か後に、ハイセンスな庭を造りあげたければ、土むき出しが嫌だからと間隔をつめて苗の植え付けなどせずに、 隙間を十分にとった植え付けをするだろう。和のテイストの苗と洋のそれとをごちゃ混ぜにして植え付けなどしないだろう。数年後よりもすぐに庭の風景を楽しみたいという気持ちが先立ってしまい、買い物依存症の様に、お手頃な苗を見つけると爆買いしてしまっていた。

 

それでも評価を気にする友達などいないから、一風変わった庭でも別にいいやと思ってしまう。そして自分の庭の日々の変化に逐一感動して、一喜一憂する事が、乾いてしまった心を潤してくれる。そうして得た豊かな気持ちが、我が子への関わりにプラスの影響を与える事が分かってきたから、ガーデニングは相乗効果を発揮している事が分かる。

 

話は飛躍してしまったのだけれど、冒頭のびわの話に戻る。私が中学に上がるまでに住んでいた官舎は、エンジ色の瓦屋根の狭い平屋だった。古い官舎だったから、庭に植えられていた木々も立派に育っていた。その内の1つにびわの木があった。ちょうどキッチンの勝手口の側である。キッチンは狭くて暗くてじめっとしていて汚かった。父が毎日の様にキッチンが汚れていることを母に注意していた。部屋は3部屋しかなかったから、6人家族の我が家では自分の部屋がなかった。キッチンの側の六畳か八畳の和室がリビングで、学校から帰るといつも、母はそこにいて「だるい、だるい。」が母の口癖だった。ビワが色づくと脚立を出してきて、取れる範囲のビワは収穫した。それでも上の方のビワは取りきれずに、カラスの餌となり、つつかれたビワがいくつか汚く地面に落ちた。

 

中学に上がるまでには、マイホームを建てて近所に引っ越したから、喧嘩の絶えない両親だったが、まだ修復可能な関係性であったのだろう。新しい住処の周辺は、まだ十分には開発されていなかったから、父は180坪の土地を割安で手に入れたのだとは思う。そこには世間一般の中流家庭が所有するような平凡な家が建てられて、もう1つ家が建ちそうな広い庭は持て余してしまったのだろう、雑草対策のためにソイルセメント加工がされた。外壁に沿うように母は花壇を作っり、計画性もなく様々な植物をごちゃ混ぜに植えた。大学で県外に出るまでの7年間過ごしたその生家には以降、帰省した時に訪れるだけにはなった。その後、結婚して世帯を別に持った長男が癌死し、両親は離婚して、その生家も人手に渡っていった。

 

私は新しく家族を持ち、夫が働いてくれるおかげでマイホームを手に入れる事が出来た。マイホームを建てると同時に、庭にシンボルツリーを植える家庭は多く、我が家にもそれはある。その木は、子の身長と同じように、ゆっくりと、でも着実に生長していく。害虫や病気にやられなければ、家族の歩みを半永久的に見守り続ける神木的な意味合いをもつものにもなりうる。

 

果物をならす木の栽培までは手を出せないけれど、季節の流れを教えてくれる花々や、幼い頃には見下げていた背の低い木が、自身の背も追い越して木陰になる程の大木になる様を、いつか大人になった子供達が懐かしんでくれるように、庭造りをしていけたらとは思う。いつもと変わらない雰囲気で出迎えてくれる、故郷の情景を連想させるような庭を作っていけたらというのが、今の私のささやかな夢である。

 

 

広告