子沢山かあちゃんの牛歩

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クリックで救える命がある。

その後(追加文章あり。)

2つ前のブログに書いた件、私には愚痴を気軽に言える様なママ友があまりいないので、1人で悶々としてストレスためていました。ストレス対処行動として、まずブログに毒吐いて、それから姑に愚痴りました。

 

すると、「次に行った時に間違えていましたすみませんとサラッと言えばいいじゃない。」と言われました。姑は私に比べると外向的で、友達が多いタイプなんです。私はコミュ障な所があるので、自分の行為が相手に不快感を与えたと明らかに感じても、その誤解をとこうと相手に働きかけをする事が、とてもストレスになってしまいます。

 

やんわりとした喋り方もできないから、日頃から無口な方です。そんなタイプの私だから、無礼な事をしてしまった相手に、「あれは間違えてお渡ししてしまったんです。すみません。」と謝ったとしても、相手にかえって不快感を与えてしまうのではと思い、その事に対して何も言わないことにしました。

 

「あの嫁さん、日頃からボケ〜としているから、そんなこともあるやろう。」

娘の習い事の先生に、そんな風に思ってもらえたら、私も気が楽だなあという気もしてきました。

 

そして、その習い事の先生と、次の教室でお会いした時には、前回の件には一切触れずに、別の話題で会話を交わしました。その時には終始和やかだったので、私もかなり気が楽にはなりました。

 

子供が対面している時間に比べると、親が先生と対面する時間はかなり短くなります。その短い時間に、親と先生との間で良好な関係性を築けたらいいのですが、コミュニケーション能力の低い母親にとっては、かなりハードルが高いなあとは思います。

 

姑とその先生は、同じ70前後の世代になります。相手に受け入れられやすい言葉のかけ方が上手で、やんわりとした言葉遣いが出来ます。年の功で、色々な相手と人付き合いを重ねてきた女性の経験の差なんだろうなあとは、今回の件で思いました。

 

冒頭に私には愚痴を言えるママ友がいないと書きました。ランチ会に頻繁に参加していた頃の私なら、こうした対人関係のこじれをベラベラと喋っていたのかもしれません。これが例えば、検診でひっかかっちゃって〜とか、子供が赤点とってね〜といった自分自身や我が子に関する悩みならまだいいとは思うんです。それが、対人関係の悩みになると、後々ややこしいことになるパターンは数多く見てきました。言った相手が、お節介の気持ちで先方に「あの子がこんなこと言ってたわよ。」と、言い方悪いのですが告げ口をしてしまったりとか…。全然関係のない第三者に、ランチネタでベラベラと喋ってしまったりとか…。

 

当初は一対一の間で取り交わされた話が、そのコミュニティ全体に広まってしまう例もよく見てきました。コミュ力高くて外向的なママならば、さっさとネットワークを作り、何か困った事があった時にそのつながりを利用するのでしょう。私が同じような行動に出ると、ことごとく周りを敵に回してしまう事が分かっているんです。

 

だから必要以上には人と付き合う事を、最近は控えて、表面的にしか付き合おうとはしません。

 

「じゃあなんでブログに毒を吐くの。」

と突っ込まれそうですが、心の奥では自分の正当性を認めてもらいたいという気持ちが強いのだとは思います。誰が見ているかも分からないし、名指ししなくとも分かる人には分かる話を書いてしまうことは、リスクが高い行為だとは思います。でもそれをリスクとは思わない程に、リアルで人と接してない状況でもあるのです。 

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