子沢山かあちゃんの牛歩

Freies Material☆Japanese landscape☆public domain

クリックで救える命がある。

断捨離

今まで捨てるに捨てられず、大切にしまっていた、人からもらった年賀状や手紙を、思い切って捨てることにした。私宛の年賀状に関しては、今年は貰った人には返した。今年も残り少ないけれど、来年も貰ったら返すか、いっそのこと「年賀状やめます宣言」をし、以降年賀状のやり取りを一切やめてしまおうかと考えている。そしてその最後の手紙には、メールアドレスではなく電話番号だけ記載しようかと思っている。メールで年賀を送られたら、それはそれで困るし、何かあるならば電話で連絡してほしい気持ちがある。

 

父が実家を売り渡す前に、私の子供時代の思い出の品が入った箱を持ち帰った。その中には、私の絵画や作文、友達とやりとりした大量の手紙、交換日記、年賀状などが入っていた。大量の手紙の中にはノートを破って書いたものなんかもあって、今で言うとラインの変わりなのかなという気もする。中身をちらっとみると、恋話や勉強や人間関係の悩みなんかが書かれてあって、なんだか瑞々しさを感じた。

 

その大半が、今はつきあいのない人たち。もし私が地元で子育てしていたならば、芋づる式に知り合いとつながるから、「あの時こんな手紙もらったんよ。」とか言って、お互いママになって再会することになった旧友との話題作りになるのかななんて思う。

 

でももう、同窓会なんかがないと、会う機会もない相手だろうし、その同窓会にも私は行く気にはならないから、思い出の品を次々に捨てることにした。

 

今日地域で催されていたイベントに女子2人を連れて行ってきた。そのイベントは、自治会役員さんやPTA役員さん等、ボランティアで運営されている。そうした地域のイベントなんかに出ると、必ず顔見知りに会うようにはなってきた。その顔見知りも、殆どが保護者つながり。

 

もし私が地元で子育てしていたならば、こうした地域のイベントなんかで、私の子供時代を知る人たちにばったり出くわす機会も多くなるんだろうとは思う。

 

心細かったりもするけれども、殆ど知る人のいない地で子育てすることは、ある意味気が楽とは思う。深くて濃いつながりの中に足を踏み入れなくてすむからだ。

 

とにかく私は、煩わしいことが面倒なんだなと思う。

 

断捨離する時に、殆ど着ない服、大のゴミ袋2つ分も捨てた。家族以外の誰かとランチに出かけることも今はないから、お洒落する機会はない。そして普段は、着やすくて楽な、同じような服ばかり身につけるようになって、置き場所だけとる服たちが邪魔になってきた。大量の衣類を捨てると、収納スペースがすっきりとして気持ちがよい。

 

今日は大雨の中外出した。女子2人はまずまずの格好をさせ出かけたのだが、行く先々で末っ子の友達にばったり出くわした。私は人付き合いが苦手でも、私の家族はそうでなかったりして、家族をもつということは、煩わしさから逃れられないということなんだなと、思ったことだった。

広告